大判例

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大阪地方裁判所 平成8年(モ)4081号 決定

主文

相手方(原告)及び同(参加人)らは、平成八年(ワ)第四六七六号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、共同して、甲事件、乙事件及び丙事件の各申立人(被告)らに対し、それぞれ一二〇〇万円を提供せよ。

理由

第一  申立ての趣旨

相手方らは、平成八年(ワ)第四六七六号株主代表訴訟事件の訴え提起の担保として、申立人らに対し、それぞれ相当の担保を供託せよ。

第二  事案の概要

一  株主代表訴訟の提起

1  相手方(原告)らは、大和銀行株式会社(以下「大和銀行」という。)の取締役又は監査役である申立人らを被告として、その責任を追求する株主代表訴訟(平成八年(ワ)第四六七六号)(以下「本件本案訴訟」という。)を提起し、相手方(参加人)は右訴訟に参加した。

2  相手方らは、本件本案訴訟において、申立人らに対し、連帯して、三億五〇〇〇万米ドル及びこれに対する平成八年二月二九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を大和銀行に支払うよう求め、請求原因として概略次のとおり主張し又は主張する予定である。

(当事者等)

(一) 大和銀行は、大正七年八月に設立されたわが国有数の銀行である。

(二) 相手方(原告)らは、大和銀行に対して申立人らの責任を追及する訴えを提起することを請求した日の六か月以上前から引き続き大和銀行の一〇〇〇株以上の株式を有し、相手方(参加人)は、大和銀行の一〇〇〇株以上の株式を有する株式会社であるが、本件本案訴訟提起までに六か月を経過していない。

(三) 申立人らは、昭和六〇年一〇月二三日から平成八年五月八日までの間、いずれも大和銀行の取締役ないし監査役の地位にあったか、あるいは現在取締役ないし監査役の地位にある者である。

(申立人らの責任原因)

(四)(1) 大和銀行ニューヨーク支店の井口俊英(以下「井口」という。)らは、過去一一年間無断取引を約三万回繰り返し、約一一億米ドルの損失を発生させ、その損失を隠すため帳簿類の偽造、虚偽記載などを行っていたが(以下「本件事故」という。)、取締役及び監査役は、井口から当時の大和銀行頭取申立人藤田彬に宛てた平成七年七月一三日付けの手紙(以下「頭取宛の手紙」という。)で、平成七年七月中には、本件事故を知っていたにもかかわらず、連邦銀行法などに違反し、アメリカ合衆国及び各州の監督官庁に通報を故意に遅延させた。そのため、大和銀行は、平成七年九月二六日、二四の訴因につき刑事訴追を受け、そのうち一九の訴因について有罪を認め、罰金三億四〇〇〇万米ドルを支払う旨の司法取引を行い、ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所によって、平成八年二月二八日(ニューヨーク時間、日本時間では平成八年二月二九日)、罰金三億四〇〇〇万米ドルを課すとの判決が言い渡され、翌日電信送金で右罰金全額を支払った。これは、取締役が違法な取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為に及ばず、井口の頭取宛の手紙で、本件事故を把握した後も、わが国の商法、証券取引法のみならず、アメリカ合衆国及びニューヨーク州ほかの証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返したことによるもので、商法二五四条ノ三により、取締役が負担する忠実義務に違反することは明らかである。

(2) 右刑事事件に関連して大和銀行は、デベヴォイス・プリンプトン法律事務所、モービリョ・アブラモヴィッツ・グランド・アイアソン・シルバーバーグ法律事務所、西村・真田法律事務所及びその他の法律事務所に弁護士報酬を支払ったが、その合計額は一〇〇〇万米ドルにも上っている。

(3) 右損害は、いずれも取締役及び元取締役である申立人らが、適正に業務を執行し、又は、適正に業務を監視する義務を果たしていたならば、併せて、監査役及び元監査役である申立人らが、適切な業務監督及び会計監査を行っていたならば、当然防止することができたはずのものであり、申立人ら全員の重大な職務怠慢によるものであることは明らかである。

(五)(1) 申立人らのうち、取締役である者又は取締役であった者は、各々大和銀行の業務執行の決定機関であり、かつ、取締役の職務執行の監督機関である取締役会の構成員として、井口を含む行員全般の職務執行の内部統制システムを構築すべき義務があったのに漫然それを怠り、証券ディーリングの担当者とその監督者とを同一人物が兼任するのを放置したため、井口が恣に虚偽の報告書を作成すると、大和銀行の他の行員は誰もそれに気づかないというような内部統制システム不在の体制を一〇年以上にわたって容認し、井口が頭取宛の手紙を出すまで、本件事故に気づかなかった。

このような取締役又は元取締役の重大な過失により、大和銀行は、アメリカ合衆国政府に対し罰金三億四〇〇〇万米ドル及び弁護士らに支払った弁護士報酬一〇〇〇万米ドルの合計三億五〇〇〇万米ドル相当の損害を被った。

(2) 申立人らのうち監査役であった者の職責は、商法二七四条により、会計監査のみならず、申立人らのうちの取締役の任にあった者の業務執行をも監査することであった。しかるに、申立人ら監査役であった者は、商法二七五条ノ二第一項により、申立人ら取締役に対して、その行為を直ちに中止するよう請求すべき権限及び義務があったのに、重大な過失により、その差止請求権の行使をしなかった。

(六) (損害)

大和銀行は、前記のごとく、申立人らの忠実義務違反等によって三億五〇〇〇万米ドルの損害を被った。

(七) (訴訟提起の請求)

相手方(原告)らは、大和銀行に対し、平成八年三月一四日、申立人らの責任を追及する訴えを提起するよう請求したが、大和銀行は、本件本案訴訟提起時に至るも訴えを提起しなかった。

(まとめ)

よって、相手方らは、申立人らに対し、右損害金三億五〇〇〇万米ドル及びこれに対する平成八年二月二九日から支払済みに至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を、大和銀行に支払うことを求める。

二  甲事件申立人(被告)大西正文(以下「申立人大西」という。)の主張

1  申立人大西は、大阪ガス株式会社の代表取締役会長で、平成六年六月二九日兼ねて大和銀行の非常勤監査役(いわゆる社外監査役)に就任した。

大和銀行の代表取締役は、平成七年九月二六日、本件事故の発生を報告したが、申立人大西が本件事故を知ったのはこのときであり、それ以前にこの事件を知りうる機会は全くなかった。

2  過失責任主義の下では、結果発生に対し過失のない者が財産上の責任を負うことはなく、会社役員の会社に対する職務懈怠による損害賠償責任といえども例外ではない。そして、特定人に過失があるというためには、具体的な事実関係に基づき、いかなる点に懈怠があったかを指摘して行わなければならない。相手方らは、申立人大西に会社に対する損害賠償責任があると主張しているが、前記の事実関係の下ではその主張を具体的に構成することは不可能である。

3  申立人大西は、大和銀行当局による本件事故の公表の日まで、代表取締役から本件事故の報告を受けず、従ってまたそのことを知り得なかったことは、次の事実から、相手方らも十分察知していた。すなわち、申立人大西と同様の立場にある非常勤監査役乙事件申立人(被告)平岩新吾(以下「申立人平岩」という。)が、平成七年(ワ)第一一九九四号株主代表訴訟に対する担保提供申立書において、自己の認識として前記申立人大西の場合と全く同一のことを詳述し、右申立てが平成八年四月二二日に行われ、そのころその内容が相手方らに通知され、現に同年五月八日に行われた口頭弁論期日で、相手方らはこの申立てに対する答弁を行い、その日に本件訴えの提起がなされていることから、相手方らは、申立人大西についても、このような事実関係にあることを察知した上で、あえて本件本案訴訟を提起したものであることは明らかである。

4  以上から、相手方らの申立人大西に対する本件本案訴訟の提起は、商法一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」に当たる。

5  申立人大西は、本件本案訴訟の提起により、応訴のため弁護士に訴訟を委任せざるを得ず、そのため、弁護士会所定の着手金を支払うとともに、勝訴判決が確定すれば、弁護士会所定のいわゆる成功報酬を支払わなければならず、本件本案訴訟の提起により、これらの損害を被ることになるので、提供せらるべき担保の額は、四〇〇〇万円が相当である。

三  申立人平岩の主張

1(一)  申立人平岩は、平成六年六月二九日の株主総会で監査役(いわゆる社外・非常勤監査役)に選任され、申立人平岩が監査役に就任して以来、商法特例法一八条の二第二項により、監査役全員一致の決議で監査について、「非常勤でない監査役は、原則として、取締役会への出席、随時取締役からの報告及び監査役会での報告などに基づいて監査を行う」こととされた。

(二)  申立人平岩は、監査役就任以来、本件事故について大和銀行から報告を受けた平成七年九月二六日までの間、八月を除いて毎月開催された定例の取締役会にすべて出席し、臨時の取締役会に一度欠席しただけであった。また、申立人平岩は、監査役会についても、監査役就任後、平成七年九月二六日までの間に監査役会にすべて出席し、このほかにも、随時個々の取締役や監査役から銀行業務の情報の入手に努めてきた。

しかし、取締役会や監査役会のみならず、個々の取締役、監査役からも、本件事故について全く報告がなく、その片鱗をうかがい知るような間接事実についての報告も議論もなかった。申立人平岩が、本件事故を知ったのは、平成七年九月二六日で、大和銀行が本件事故をマスコミに公表したその当日であって、本件事故について常勤監査役からの情報に接し得なかっただけでなく、取締役との接触からもこのような情報に全く接し得なかった。

(三)  このように、申立人平岩は、本件事故について、平成七年九月二六日まで全く知らなかったのであるから、監査役としての任務懈怠の責を負ういわれはない。

また、井口が頭取宛の手紙を送付してから、同年九月二六日までの間、この事実を知らなかったこと及びこの手紙に対する大和銀行執行部の対応を全く知らなかったことについて、何ら監査役としての任務懈怠の責を負ういわれはない。

2(一)  株主代表訴訟の担保提供決定の判断基準に関する裁判例によれば、株主代表訴訟の提起がいわゆる不当訴訟を構成する可能性が高い場合には、担保の提供を命ずることができるとし、具体的には、<1>請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、<2>請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは<3>被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じうるとされている。

(二)  会社と取締役の関係、会社と監査役の関係は、委任契約関係であるところ、相手方らの主張する義務違反は、債務不履行のうちの不完全履行の類型に入るから、申立人らがいかなる行為をすべきであったのに、いかなる行為をするにとどまったのかを相手方らにおいて具体的に主張、立証すべきである。

しかるに、相手方らは、井口が本件事故を発生させたのは、「取締役が違法の取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為に及ば(なかった)」ためであるとか、本件事故の発生は、「監査役である申立人平岩が、適切な業務監査及び会計監査を行っていたならば、当然防止することができたはずのものであ(る)」と主張するだけで、具体的に申立人らのうち取締役あるいは申立人平岩ら監査役の誰が、いつ、どのような行為を行うべきであったのか、その注意義務の具体的な内容を明らかにせず、しかも、相手方らはその注意義務を基礎づけるだけの具体的な事実の主張も一切行っていない。

(三)  商法二六六条一項五号の法令は、すべての法令を意味するものではないから、相手方らにおいて、申立人らが違反したとされる具体的な法律の規定を特定する必要があるが、相手方らは、本件事故の通報遅延の主張について、申立人らが違反したとされる具体的な法律規定の特定がなされてなく、商法二五四条ノ三に言及するのみである。

(四)  相手方らは、申立人ら個々人の行為と三億五〇〇〇万米ドルの損失発生との間の因果関係も全く明らかにしていない。

(五)  このように、相手方らは、請求原因として主張すべき事実を特定せず、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があるといわざるをえず、しかも、主張を大幅に補充しない限り、請求が認容される可能性がないのは明らかである。

3  代表訴訟という特殊な訴訟類型においては、訴え提起当時主張が不明確であっても、その後主張を追加すれば足りるとの容易な見解は、会社の有する訴権との関係で失当であり、訴訟物の同一性の観点から許されない。

つまり、相手方らが、当初大和銀行に対し、書面で提訴を求めた原因事実によって特定された訴訟物と、代表訴訟における請求とは、一体性が認められなければならず、代表訴訟において請求を変更し、当初書面で提訴を求めた請求と一体性が認められないものにすることは、商法二六七条の意義を無意味にし許されない。

4(一)(1) 監査役には会計監査と業務監査の職務があるが、会計監査について、大和銀行のような商法特例法上の大会社の場合、第一次的には会計監査人がこれに当たり、監査役は、会計監査人が行った監査方法が、企業会計準則など一般に公正妥当と認められる監査基準に基づいて行われ、その結果一見して矛盾点があるなど相当性を疑うに足りる事情がなければ、会計監査人の監査に依拠することが認められている。しかして、大和銀行の会計監査人は、わが国有数の規模と信用を誇る監査法人である太田昭和監査法人であり、同監査法人は、従来、無限定適正意見の会計監査報告書を提出し続けてきた。そして、同報告書は公正妥当な監査基準に基づいて作成されていて、その結果に相当性を疑うに足りるような事情は全く存在しなかった。

(2) 次に、業務監査についても、同監査は、取締役の職務の執行を対象とするものであって、個々の職員の職務執行を直接に監査、監督するものではないし、業務監査の具体的な方法も、商法上、監査役に対し、取締役会への出席、取締役らへの営業報告の請求、株主総会への提出書類などの調査を定めるだけで、その他の方法について各別の制限がなく、業務監査は、商法の定める方法の他、会社の実情に応じ、監査役会において、合理的かつ相当な方法を定め、それによることが認められている(商法特例法一八条の二第二項)。

申立人平岩は、前記1(二)で述べたように、監査役の職務をすべて誠実に遂行してきた。

(3) 以上のような監査役の職務及びその執行方法からして、本件事故のような外国における一職員の行為に基づく損害発生につき、申立人平岩に、右損害相当の賠償をしなければならないような違法な任務懈怠があったことを、相手方らにおいて立証できる見込みは存しない。

まして、申立人平岩は、平成六年六月二九日に、商法改正により初めて選任が義務づけられた社外監査役たる非常勤監査役として選任されたばかりで、弁護士を本来の職業としているので、右に述べた相手方らの立証の見込みはいっそう少ないといわざるを得ない。

(二) 相手方らは、申立人ら監査役が、井口の頭取宛の手紙により平成七年七月中には本件事故を知っていたにもかかわらず、取締役の通報遅延を防止しなかったと主張するようである。しかし、右の点につき、申立人平岩の職務懈怠を相手方らにおいて立証できる見込みは全くない。

すなわち、大和銀行の被訴追理由の中には、相手方らが主張するような申立人平岩が本件事故を平成七年七月中に承知したとの事実はあげられていないし、申立人平岩が本件事故を知ったのは、すでに述べたように、平成七年九月二六日で、同年七月中にそれを知ったとの事実はないから、これらの点につき、右に述べたことと異なる事実を相手方らにおいて立証できる見込みは全くなく、従って、申立人平岩の通報遅延に関する職務怠慢についても立証の見込みは全く存しない。

5  申立人平岩は、第一東京弁護士会所属の弁護士で、四〇箇所の企業、団体、地方公共団体の顧問、嘱託を務めているほか、二企業の監査役なども務め、多忙であるため、弁護士に事件を委任せざるを得ないところ、東京弁護士会報酬規則によると、三億五〇〇〇万米ドルを仮に三五〇億円と仮定しても、着手金は巨額なものとなり、相当高額な弁護士費用を負担せざるを得ない。

また、申立人平岩は、数多くの企業、団体、地方公共団体に関係しているので、対外信用を第一とする弁護士として、きわめて苦しい立場に立たされ、その精神的苦痛は計り知れないものがある。もとより、応訴のため、多大なる時間と労力を費やすことを強いられていることはいうまでもない。

したがって、担保の金額については、高額な金員を提供させるのが相当である。

6  申立人平岩が、訴状記載の請求原因だけでは申立人平岩の職務怠慢がどこに存したのかについて事実の特定ができていないと主張したことに対し、相手方らは、前記一2(五)のような主張を追加している。

(一) しかし、前記一2(五)(1)の「内部統制システム」というだけではあまりに漠然としていて、具体的な事実の主張として不十分といわざるを得ない。また、「監督者」というのも、どのような地位、職責にあるものを指すのか不明確である。その上、そもそも「内部統制システム」の構築は、業務執行の決定機関である取締役の職務であり、監査役である申立人平岩の職務ではない。

(二) 相手方らは、前記一2(五)(2)で、申立人平岩が井口の無断取引について監督責任を負うべき担当取締役の業務について監査役として監視する義務があったと主張するが、このような主張だけでは、大勢いる取締役の中の誰の、いつ行った、いかなる業務につき、申立人平岩がいかなる態様で監視すべきであったのかなど全く不明で、請求原因たる事実の特定として不十分である。

また、監査役の業務監査は、取締役の職務執行の適法性のそれに限られ、妥当性にまで及ぶものではないところ、相手方らが主張する「担当取締役の業務」は、妥当か否かが問われることはあっても、適法か違法かが問題となる性質のものではない。

(三) 相手方らは、前記一2(五)(2)において、監査役は、法令違反行為などを行う取締役に対し差止請求権を行使すべきであったのに、過失によりそうしなかったと主張するが、このような主張だけでは、大勢いた取締役の中の誰の、いつ行った、いかなる行為を中止するよう請求すべきであったのかが明らかでなく、請求原因たる事実の特定として全く不十分である。

また、すでに述べたように、申立人平岩は、井口の行為について平成七年九月二六日まで全く知らなかったのであるから、申立人平岩が差止請求権を行使することは全く不可能であり、相手方らの主張は失当である。

四  丙事件申立人(被告ら)ら(以下「丙申立人ら」という。)の主張

1  前記三2(一)ないし(五)に同じ。

2(一)  代表訴訟という特殊な訴訟類型においては、訴え提起当時主張が不明確であっても、その後主張を追加すれば足りるとの安易な見解は、会社の有する訴権との関係で失当である。

すなわち、そもそも株主が取締役の責任を追及する訴えを提起するのに、事前に会社に対して訴えの提起を請求し、会社がその請求があった日から三〇日以内に訴えを提起しないことが必要とされているのは、取締役の責任を追及する訴えの訴訟物が、会社の取締役に対する請求権であり、本来この訴訟物について訴訟追行の適格を有するのは会社であることから、まず会社に訴訟追行の機会を与え、会社がその機会を与えられたにもかかわらず訴えを提起しないときに初めて、株主に会社のためその訴訟を追行する適格を与えるのが相当であるとの考えによるものである。そして、このことを前提とすれば、相手方らが、当初大和銀行に対し、書面で提訴を求めた原因事実によって特定された訴訟物と、代表訴訟における請求とは、一体性が認められなければならず、代表訴訟において請求を変更し、当初書面で提訴を求めた請求と一体性が認められないものにすることは、商法二六七条の意義を無意味にし許されない。

(二)  株主が会社に訴訟を提起することを書面で請求する場合、書面には訴えを提起すべき旨の請求を記載することはもちろん、被告たるべき取締役又は監査役の氏名及びその責任の発生原因たる事実を記載すべきであるところ、相手方らは、大和銀行常勤監査役宗宮英韶に対し、前記一2(四)(1)の事由を記載し、丙申立人ら過去一〇年間に取締役として在職した者の内、同監査役が調査した結果、有責と考える者に対し訴訟提起を求める一方、大和銀行代表取締役海保孝に対し、前記一2(四)(3)の事由を記載し、丙申立人らほかの過去一〇年間に監査役として在職した者のうち、同取締役が調査した結果有責と考える者に対し訴訟提起を求めたのみで、責任事由として記載されているのは、本件訴状の請求原因の記載とほぼ同内容で、具体的な事実主張として特定されてなく、不明確と言わざるを得ない。

3(一)  相手方らは、井口の頭取宛の手紙により、申立人らが平成七年七月中には本件事故を知っていたにもかかわらず、連邦銀行法などに違反しアメリカ合衆国及び各州の監督官庁に通報するのを故意に遅延させたと主張するが、左記の申立人らは、井口の不正行為の発覚前に取締役を退任し、右相手方らの主張に関し、もともと取締役としての職務権限がなく、相手方らの主張は立証の見込みがないにとどまらず、およそ立証が不可能である。

退任年月日 退任取締役

平成四年三月三〇日 申立人中野貴志男、同永田博万

平成五年二月一日 申立人肥後馨

平成五年六月二九日 申立人宗宮英韶、同岩成達也

平成六年一月三一日 申立人村尾啓一

平成六年六月二九日 申立人太田赳、同遠藤義一、同亀川暢夫、同清柳由朗、同寺田一彦

平成七年六月二九日 申立人團野精一、同近藤宏、同木村維夫、同野々山浩、同糸島司郎

(二)  申立人らのうち、吉野正芳、大山正弘、河本直彦、辻征二の四名は、いずれも平成七年六月二九日に取締役に選任され、時期的にみて相手方らが主張する井口の不正行為に関する任務懈怠を問われる余地はない。

(三)  商法特例法上の大会社における監査役は、会計監査に関し、同法一四条三項一号が定めるとおり、会計監査人の監査の方法又は結果が相当でないと認められた場合に限って、その理由及び自己の監査の方法の概要及びその結果を監査報告書に記載することとされていて、一時的には会計監査人の監査に依拠してよい法制となっている。しかるに、大和銀行の会計監査人である太田昭和監査法人は、従来無限定適正意見の会計監査報告書を出し、しかも、後記のような監査役たる申立人の選任及び退任時期を勘案すると、すでに退任した者にとどまらず、現任の監査役についても、その職務懈怠があったことを相手方らが立証できる見込みはないといわざるをえない。

(1) 申立人北村一雄は、平成二年六月二八日監査役に選任され、同四年六月二六日に退任した。

(2) 申立人和田啓志、同山岸信廣は、平成三年六月二七日監査役に選任され、同五年六月二九日に退任した。

(3) 申立人奥貫雄は、平成四年六月二六日監査役に選任され、同月二九日に退任した。

(4) 申立人岩成達也、同宗宮英韶は、いずれも平成五年六月二九日監査役に就任し、その後、申立人岩成は、平成七年六月二九日に退任した。

(5) 申立人寺田一彦は、平成六年六月二九日、申立人近藤宏は、平成七年六月二九日にそれぞれ監査役に就任した。

4  申立人ら四六名は、本件本案訴訟の提起により、いずれも多大なる応訴の費用と時間及び労力を費やすことを強いられ、特に本件において相手方らによって請求されている損害賠償額が、三億五〇〇〇万米ドルの巨額に上ることなどにより、各個々人の本来の業務や日常生活を営む上で大きな支障が生じていて、精神的にも肉体的にも甚大な被害が生じている。

よって、相手方らは、丙申立人一人当たりにつき、最低でもそれぞれ一五〇〇万円の担保を提供するのが相当である。

5  相手方らは、審尋期日において、裁判所から被告らの責任原因を特定した準備書面を提出するよう命じられ、第一準備書面を提出して、前記一2(五)の主張をしたが、これらによっても、相手方らは、丙申立人ら取締役などの責任原因を特定できていない。

五  相手方らの申立人平岩の主張に対する反論

1  本件本案訴訟の請求原因である事実は、大和銀行がアメリカ合衆国及びニューヨーク州などの証券取引法、銀行法などに違反する行為があったとして、アメリカ合衆国の連邦準備制度及びニューヨーク州などの銀行監督官から、業務停止命令を申し立てられ、これに全面的に同意し、さらに、アメリカ合衆国の連邦地方検察官から二四もの訴因によって訴追され、そのうち一九の訴因について自らその違反行為があったことを認めて司法取引に応じ、右司法取引に基づいて平成八年二月二八日(ニューヨーク時間。日本では平成八年二月二九日)に言い渡された有罪判決に従って三億四〇〇〇万米ドルの罰金を、判決言渡しの日に直ちに電信送金によってアメリカ合衆国政府に支払ったもので、さらに、井口のみならず申立人津田昌宏も、連邦地方検察官によって銀行法違反などの訴因に基づいて起訴され、両名とも、全面的に罪状を認めて司法取引に応じ、有罪判決がすでに言い渡されたから、請求原因は、事実として間違いのないものである。

2  前記三2(二)ないし(四)について

(一) 相手方らは、請求原因事実として、請求を特定するに足る事実を主張すれば足りるのであり、どの条文を適用するかは本来裁判所の仕事であるから、申立人らのように、請求原因中に注意義務を基礎づけるだけの具体的事実の主張がないとの理由で相手方らの請求を不当であると決めつけることは失当である。

本件は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市で起こった事件に起因するもので、相手方らが具体的な事実を把握すること自体至難の業であり、それに日時を要するのは当然であるところ、アメリカ合衆国の連邦地方検察官が本件の起訴となった事実について取調べを行い、これを起訴し、大和銀行も右起訴事実を認めて司法取引に応じ、言い渡された判決どおりに罰金を支払い、その判決もすでに確定しているのであるから、本件請求原因の具体的事実は、右刑事事件記録から確実に判明する。

(二) アメリカ合衆国の連邦地方検察官が、本件の起訴となった事実について取調べを行い、これを起訴し、大和銀行も右起訴事実を認めて司法取引に応じ、言い渡された判決どおりに罰金を支払い、その判決もすでに確定しているのであるから、大和銀行が、アメリカ合衆国及びニューヨーク州などの証券取引法、銀行法などに違反したことは明らかであり、申立人らは、その内容を熟知しているのであるから、請求原因の特定には、商法二五四条ノ三を援用するのみで十分である。

(三) 申立人らのうち、大和銀行の取締役の地位にあった者は、大和銀行の取締役会の構成員として、大和銀行の業務執行を決定し、かつ、他の取締役の業務執行を監視する責任があることは、商法二六〇条により明らかである。井口の無断取引について、その監督責任を負うべき担当取締役はもとより、取締役の任にあった者は、取締役会の構成員として担当取締役の業務を監視する義務があったのであるから、因果関係の存在は明らかである。

3  前記三4(一)及び(二)について

申立人平岩は、監査役の責任について、「第一次的には会計監査人の監査に依拠してよい法制である。しかるに太田昭和監査法人は、従来無限定適正意見の会計監査報告書を出していた」から、すでに退任した監査役も現役の監査役についても、その職務執行に任務懈怠があったことを相手方らが立証できる見込みはないとまで断定しているが、このような主張によると、監査役は実質上無責任ということになり、商法上の監査役制度そのものを否定することになる。

4  同三5について

申立人平岩は、大和銀行の監査役であって、取締役の職務執行を監督するという重大な責任、ある意味では取締役よりも重い責任があるのに、その職責を忘れて泣き言を並べるのは、取締役又は監査役としての自覚がないと評されても仕方がなく、申立人平岩の主張は失当である。

六  相手方らの丙申立人らの主張に対する反論

1  前記四1について

前記五1及び2に同じ。

2  前記四2について

(一) 相手方らの請求原因は、申立人らの取締役又は監査役の責任を追及する株主代表訴訟事件の請求原因としては必要かつ十分である。相手方らが今後口頭弁論において主張する具体的な事実は、請求原因を理由あらしめる攻撃防御方法としての事実であって、請求原因すなわち訴訟物の同一性を欠くような新たな事実もしくは請求原因を大幅に補充するような事実を主張するつもりは毛頭もない。

(二) また、相手方らが監査役宗宮英韶及び代表取締役海保孝に対して損害賠償訴訟の提起を求めた書面に記載された請求原因事実は、一義的であって、誤解の余地のないものであるから、具体的事実として特定されている。

3  前記四3(一)ないし(三)について

(一) 相手方らは、井口による不正取引発覚前に取締役を退任した者についても、「大和銀行ニューヨーク支店の井口らが過去一一年間無断取引を約三万回繰り返し、約一一億米ドルの損失を発生させ、その損失を隠すため帳簿類の偽造、虚偽記載などを行っていた」こと、及び「これらの損害は大和銀行の取締役であった被告らが違法の取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為に及ばな」かったことを責任原因にあげていることは記録上明らかであり、相手方らは、アメリカ合衆国における刑事訴訟記録によって右請求原因を容易に立証することができる。

(二) 前記五3に同じ。

4  前記四4について

申立人らは、大和銀行の取締役又は監査役であって、取締役の任にあった者は、大和銀行の業務執行を全体的に監視する経営者として重大な責任を負っているのであり、また、監査役の任にあった者は、取締役の職務執行を監督するという重大な責任、ある意味では取締役よりも重い責任があるのに、その職責を忘れて泣き言を並べるのは、取締役又は監査役としての自覚がないと評されても仕方がなく、申立人らの主張は失当である。

七  相手方らの申立人大西の主張に対する反論

前記五及び六に述べたとおりであり、申立人大西の主張については争う。

第三  当裁判所の判断

一  (悪意の意義)

株主代表訴訟において、裁判所が被告の請求により原告に対し相当の担保の提供を命ずることができるとされる趣意は、株主から提起される不当な訴訟によって取締役又は監査役が受けることがある損害賠償請求権を担保すること、ひいては被告となる取締役又は監査役の負担等を考慮し濫訴を防止することにあると解される。そして、商法二六七条六項によって準用される同法一〇六条二項は、原告に対し担保の提供を命ずべき場合の要件として、原告の訴えの提起が「悪意ニ出デタルモノ」であることを定めるところ、右にいう「悪意ニ出デタル」とは、<1>株主代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的で訴えを提起した場合、<2>請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められる場合をいうと解することができる。

二  (本件本案訴訟における悪意の有無)

1  相手方らは、申立人らの責任原因として、訴状において、前記第二、一2(四)(1)ないし(3)のように主張し、また、一件記録によると、前記第二、一2(五)(1)、(2)のような主張をする予定であることを認めることができる。

2(一)  本件本案訴訟は、大和銀行が本件事故によって被った損害について、相手方らの取締役あるいは監査役としての職務怠慢あるいは忠実義務(商法二五四条ノ三)違反を理由に、大和銀行に対して損害を賠償するような請求するものであると解されるところ、相手方らは、請求原因として、右職務怠慢、忠実義務違反を基礎づける事実を具体的に主張することが必要である。とりわけ、一件記録及び審尋の結果によると、申立人らは、別紙のとおりそれぞれ取締役あるいは監査役に就任していた期間が異なり、また、取締役においては担当職務を異にしたり、監査役においては常勤監査役と非常勤監査役とがいることが認められるところ、相手方らは、申立人らの職務怠慢、忠実義務違反等の主張をするに当たっては、申立人らの右のような地位等の相違を考慮しながら、各人ごとに具体的な事実を主張しなければならない。

(二)(1) 相手方らが取締役である申立人らの責任原因として主張する前記第二、一2(四)(1)の主張(<1>井口が、大和銀行ニューヨーク支店において、過去一一年間にわたり無断取引を約三万回繰り返して約一一億米ドルの損失を大和銀行に与え、その損失を隠すため、帳簿類の偽造、虚偽記載などを行っていたにもかかわらず、取締役である被告らが、違法取引や虚偽の報告がなされることを防止するため適切な行為をせず、また、<2>井口の頭取宛の手紙で本件事故を把握した後も、わが国の商法、証券取引法のみならず、アメリカ合衆国及びニューヨーク州ほかの証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返したため、大和銀行は刑事訴追を受け、司法取引に応じて巨額の罰金を支払うに至っているのであり、これは、取締役としての忠実義務に違反する。)は、単に右申立人らが違法取引や虚偽の報告がなされることを防止するための適切な行為をしなかったというにすぎず、いまだその具体的内容は明らかではない。また、井口の頭取宛の手紙で、取締役らが、事態を把握したにもかかわらず、その後もわが国の商法、証券取引法のみならずアメリカ合衆国及びニューヨーク州の証券取引法、銀行法などに違反する行為を繰り返したと主張する点についても、忠実義務の前提をなす法律違反の具体的な条項が明らかでないし、違反行為の具体的内容(どの職務を担当するどの取締役が、いつの時点において、どのような行為をすべきであったのにこれに違反したなど)が何ら主張されていないこと、加えて、申立人らの中には井口の頭取宛の手紙が送付された時点で既に取締役を退任していた者(申立人中野貴志男、同永田博万、同肥後馨、同宗宮英韶、同岩成達也、同村尾啓一、同太田赳、同遠藤義一、同亀川暢夫、同清柳由朗、同寺田一彦、同團野精一、同近藤宏、同木村維夫、同野々山浩、同糸島司郎、同和田啓志)や右手紙が送付される直前に取締役に就任した者(申立人吉野正芳、同大山正弘、同河本直彦、同辻征二)がおり、右申立人らは、相手方らの主張する違反行為をすべてにわたってなし得る地位にはなかった(前者の者において右<2>、後者の者において右<1>の行為)ことからすると、その限りにおいて相手方らの主張は主張自体失当であること、さらには、取締役の担当職務や取締役の就任期間なども考慮すると、相手方らの右主張は、請求原因事実として、極めて不十分であるといわざるを得ない。

(2) さらに、前記第二、一2(五)(1)の主張(取締役である者又は取締役であった者には、取締役会の構成員として、井口を含む行員全般の職務執行の内部統制システムを構築すべき義務があったのに漫然それを怠り、証券ディーリングの担当者とその監督者とを同一人物が兼任するのを放置し、内部統制システム不在の体制を一〇年以上にわたって容認した点に重大な過失がある。)は、単に「内部統制システム」の設置等をいうにすぎず、具体的内容は定かでないばかりか、取締役の担当職務や在任期間に照らして、どの職務を担当するどの取締役が、いつの時点で、どのような行為をすべきであったのか、といった具体的な事実の主張がされておらず、右主張事実をもってしても、請求原因事実の主張として、極めて不十分であるといわざるを得ない。

(三)(1) 相手方らが監査役である申立人らの責任原因として主張する前記第二、一2(四)(3)の主張(井口の違法取引によって大和銀行が被った損害は、監査役及び元監査役であった被告らが、適切な業務監査及び会計監査を行っていたならば、当然防止することができた。)は、単に抽象的に適正な業務監査及び会計監査を行わなかったというにすぎず、大和銀行における監査が会計監査人である太田昭和監査法人が無限定適正意見の会計監査報告書に基づき行われていたことに徴すると、右の主張のみでは、その具体的な内容は明らかではなく、監査役及び元監査役である申立人らの職務怠慢の内容について、具体的な事実主張は、何らなされておらず、請求原因事実の主張として極めて不十分であるといわざるを得ない。

(2) 次に、前記第二、一2(五)(2)の主張(相手方らのうち監査役であった者は、商法二七五条ノ二第一項により、申立人ら取締役に対し、その行為を直ちに中止するよう請求すべき義務があったのに、重大な過失により、その差止請求権を行使しなかった。)は、いつ、どの取締役のどのような行為について差止請求をすべきであったのかが明らかではなく、監査役の過失の内容についての請求原因事実の主張としては、極めて不十分である。

(四)  相手方らの本件本案訴訟提起にかかるその他の事情についてみてみるに、一件記録によれば、相手方らは、本件本案訴訟を提起するに際し、請求原因(特に、申立人らの責任原因事実)を裏づける具体的事実関係や資料を整えることなく、報道された内容のみに基づいて、本件本案訴訟を提起していること、平成八年一〇月九日に甲事件、乙事件及び丙事件の審尋が行われた際、相手方らは、裁判所から被告らの責任原因について特定するよう釈明され、同年一二月一八日の第三回審尋期日において、第一準備書面を提出し、前記第二、一2(五)の主張をするに至ったが、右の主張をもってしても、責任原因を特定するには極めて不十分であること、にもかかわらず、相手方らは、前記第二、一以上の主張事実を明らかにしようとしないし、現段階においてこれを明らかにし得ないことを一応認めることができる。

(五)  そうすると、相手方らの本訴請求は、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合に該当し、ひいては請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合にも該当するというべきである。

そして、右の事実からすれば、相手方らは、右の事情(本訴請求は、請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない点など)を認識しつつ、あえて本件本案訴訟を提起したものと推認するのが相当である。

3  よって、本件本案訴訟の提起は、その余の点について判断するまでもなく、商法二六七条六項において準用する同法一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」に該当するというべきである。

三  (担保の額)

申立人らにつき予想される損害、「悪意」の態様、程度その他本件本案訴訟に関する諸般の事情を総合勘案すると、本件において相手方らに共同して提供を命ずべき担保の額は、各申立人らにつき、それぞれ一二〇〇万円と定めるのが相当である。

四  (結論)

以上の次第で、本件申立てはいずれも理由があるから認容し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 末吉幹和 裁判官 小林邦夫)

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